一言で紹介すると、「人の意思決定を間違わせるものはこんなに一杯あるよ」という、実例が沢山詰まった一冊です。
で、読んでいたブログというのはこちら。
「ステマ」が成立する理由と、ステマに振り回されない考え方/松永英明
最近ステマってどこででも目にするワードで食傷気味ですけれど、ちょいと整理してみたく思います。
まず、ブログから引用。
ステマはなぜ成立するか。簡単な話である。「当事者の声より、利害関係のない第三者の声の方が信頼に値する」という判断が多くの人の中にあるからである。 |
一つの思考停止が生まれうる。それは「宣伝は自分たちに都合のいいことしか言わない。いっぽう、クチコミは真実である」という固定的な考え方である。
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この「クチコミ絶対視」についてブログ記事では「情弱」と切って捨てています。確かに絶対視は客観的に正しいとは言えません。
が、僕としては「それは人の性質であって、そう簡単に皆が克服できるもんじゃない」と思うわけです。
ここで書籍の方に目を向けてみると、こんな事例が紹介されています。
- 車を買おうと検討し始めた。専門家達の一致した意見も、多くの消費者の声も、Aという車を高く評価していたので、Aを買うつもりだと近しい知人に話した。すると、その車は非常に故障が多いから絶対に買わない方がいいと苦々しい実体験を交えて忠告された。
- 学生が履修する授業を選択する際、授業評価の統計よりはその授業をとったことのある学生の生の意見を重視する傾向がある。
これらの事例も、「情弱のする間違った判断だ」と言われてしまうのかも知れない。でもこれはずっと前から人間に見られる性質なのです。
具体性
鮮やかで具体的な情報は、複数の次元で符号化され、記憶され、非常にリッチな意味関係をもつ。簡単に言えば、具体的で鮮明な情報は、統計などのように抽象的でつまらない情報よりも鮮明に記憶され、また容易に想起されるのである。
「すぐれた意思決定」p171より引用
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ちなみに、引用したような「人がころっと騙されてしまう性質」はこの本の中だけでもざっと20種強は紹介されていて、他の本も調べればまだまだ出てくるだろう。
なので、「安易にクチコミを信用しない」という習性をなんとか獲得したとしても、他の手法でころっと騙される危険は幾らでもあって、それを「情弱」と呼ぶとしたらかなり本腰を入れて勉強しなければ脱・情弱できないように思います。
というかそもそも、騙す方が悪いに決まっています。
ブログの冒頭に
「なぜステマというものが成り立つのか(あるいはなぜステマだとばれると批判されるのか)、という根本的な部分があまり考察されていないように思う。」
という記述があるのですが、ステマが批判される理由は簡単で、それが騙しだからでしょう。
(僕自身も、先日のはちま起稿さんの一件とかに触れる中で、「ステマって別にマーケティング手法としてアリなんじゃないか…?」と迷う瞬間もあったんですけど)
(あともっと単純に不正競争防止法あたりに触れるから駄目って切り捨て方も)
「ステマ等の撲滅の為にみんな勉強しよう(新しい考え方を身につけよう)」というのは筋違いに思います。それは警察さんとかのお仕事です。
それはそれとして、「騙されるのは面白くないから自衛したい」という方には、印南さんの書籍はお勧めできますよ。
※この投稿はステマじゃないですよ!
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