僕は1期の1話を観てズキュンときてすぐに漫画を全巻揃え、一晩かけて一気読みし、それ以来アニメを毎週楽しみにしてきました。twitterでは何度か叫びましたが、ココちゃんの声(伊藤静さん)は最高にマーベラスでした。来週から寂しくなります。
しかし。
最終話を観終えてドキッとしましたよ。なんですかアレ。どういうことですか。何故こうなったんですか。
ここまで原作に忠実にやってきたアニメに、えっ?ってなる改変(漫画とアニメの違い)があるのです。
それは
以下、ネタバレありありなのでご注意あれ。
是非本編を最後まで楽しんでからお読み下さい。
押すや押さざるや
改変は、最終話の本当に最後のシーンです。
ヨナがみんなと合流した後、ココが携帯を高く掲げて 「ヨルムンガンド、発動!」 と言ってボタンを…
漫画では、確実に押したように見えます。
(ボタンをカチッ的な漫符がある)
が、アニメはなんだか微妙です。
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これが最後のフレーム。 |
スロー再生したり一時停止したりしても、どうも指が浮いているようで。とにかく押したという明らかな表現が見当たりません。それがあればスッキリですが…。
とりあえず僕の印象として、『押す直前で終わった』ことにします。
その一瞬の差異。
『大した違いじゃないじゃん』と思うかも知れませんが、印象はかなーり違いますよ。
僕は画面の前でしばし呆然とし、見間違いかと疑いましたもん。でも何度観ても↑より後の瞬間は描かれてません。
押さない結末
押さずに終わる事には2つの意味があります。
1つは、結末より先がどうなるかは視聴者の想像次第ですから、押さない未来も想定できます。
例えばこの直後、ボタンを押すより前に、HCLI本社から差し向けられたスナイパーがココの頭をふっ飛ばすかも知れません。他の理由で押さないかも。この後どうなるかなんて、それこそ
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あっはっは! | このシーン、アニメ版では印象的な立ち方になっててベネ(良い)。 |
もう1つは、押す前のココと押した後のココは別物とも受け取れる点。
押した後の彼女はもう武器商人ではないし、大虐殺の犯人とも言えるし、神とも言える。
犯罪を計画して準備してる人も、実行する迄は犯罪者では無いですよね。それがボタン一つ押して何かやらかせば、その紙一重で、誰もが犯罪者と呼ぶ存在に変じる。
そんな風に、アニメ版と漫画版では違う印象を受けるわけです。
別に、アニメ版がダメだとか、面白くないとかじゃありませんよ?これはこれでアリな結末だと思います。
でも明らかに『違う』終わり方だから、多分何らかの意図を持って、意識的に変えたと思うんですよ。その意図が気になるなぁ…。
実際、漫画を読み終えた時には結構な衝撃を受けた記憶があります。つまり
『この女マジで押しやがった』
と。
この瞬間何十万人だかの死が確定してるんですから、比較の問題とはいえ、その一押しには凄絶なものがあります。
アニメだとそういう想像はなおさら働きやすい気もするので、血生臭さや惨たらしさを少しでも和らげる為にこうしたのかな?と今のところは理解しています。
新世界の神に!なりはしたけど
ボタンを押したかどうかは大きな分岐点ですが、さりとてヨルムンちゃんを発動させただけでは片手落ちです。
だって封鎖された空が『恥』として機能するためには、全人類に周知されなきゃいけません。
『戦いに明け暮れた結果、人類自らの手で空は塞いでしまったんだぞ』
ってね。
原因と結果が結びつかなければ誰も空を見て恥じたりしませんし、自分で気付くまで待つってのも無駄に悠長な話でしょう。
更に、そんな話がイタズラや狂信者の言葉と片付けられずに信憑性を持つには、どうしたって身元を明かさなきゃならない。
『何故そんな事が分かる、お前は何者だ!?』
なんて聞かれたら、我らがお嬢様は堂々と答えちゃうに違いない。
『ココ・ヘクマティアル。愚かなお前達の神だ。フフーフ』
みたいな。
残念ながらココちゃんの思惑通りにはならず、海も争いの場になりそうだと、僕には思えます。これからどうなるんでしょうね。
漫画第1巻 | 漫画最終巻 | おっとこれは違う漫画だ |
他にも最終回では、おや?と思った点がありました。愛ゆえに。
ヨナ君は23話から2年間でかなり手足が伸び、喋り方も随分優しい印象に成長しましたよね。それを感じさせる田村睦心さんの演技は、大変素晴らしかったと思います。
けども。
けれども、一番最後の台詞、
『ココの勘を信じるのか?』
『僕は世界も、ココも、イカれてると思う』
『でも僕はココについていくよ』
ここらは、僕の解釈とは違ったなあ、と。
もっとこう、この会話は仲良しの二人がジャレ合う冗談なんですよ。
『ココの勘を信じるのか?』は、コミックス第1巻、アニメ第2話『PULSAR』での会話をなぞっています。
だから右のヨナヨナは問いかける時点で既にちょっと微笑んでいますね。彼の笑顔はレアなので見過ごせません。
このヨナからの問いに、ココも過去の返答をちょっと変えて、でも同じような構造の応えで返しています。ちゃんとヨナのフリは伝わってるわけですね。
2人が出会ってからこれまでにしてきた旅の長さを思わせる、その間に培われた親愛を思わせる、印象的なやりとりです。
ココをイカれてると言いつつ、それでも彼女についていくという選択をヨナにさせたのは、この親愛の情である、と漫画版は読めるでしょう。
アニメでも『PULSAR』では同様のやりとりがありましたが、最終回では
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『世界も、ココも、イカれてると思う』 | 『でも僕はココについていくよ』 |
漫画で動いてないところをアニメで動かすのは珍しくない処理ですが、今のところ腑に落ちない感じ。
これじゃ何故ついていくのか分かりにくいじゃありませんか?
もちろん、僕が気付くようなことをプロであるアニメスタッフさんが気付いてない訳ありませんから、これだって何らかの意図をもって変更されたんだと信じます。
どういう狙いかは、これから何度も最終回を観ていく(←確定事項)中で気付くかも知れませんし、気付かないかも知れない。けどどっちにしろ、面白いから良いんですよ、うん。
"PULSAR"収録の1期1巻 | 2期最終巻は来年5月末に発売予定 |
こんな感じで漫画とアニメの違いを楽みましたが、最後にもう一人、主人公以外でデカい衝撃を与えてくれた人を紹介しますね。
ジョージ・ブラック氏。通称ブックマン。
アニメ版のこの人、『真の平和を知るのは真の悪党だけであり、その平和を実現するのが我々の義務だ』(大意)みたいなことをCIAの公式文書っぽいものに書いてんの。明記されてないけどこの真の悪党ってココのことでしょ。つまりココたんマンセーってことでしょ。大丈夫かCIA…。
エンディング中でさらっと映るだけなので見逃しやすいですが、そもそも漫画版にはこんな描写は一切ありません。どんな意図でマンセーさせた!?
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