2011/12/13

舞台感想)ハウ・アー・ユー?

板橋にあるサブテレニアンという小劇場で舞台を観てきた。

物凄く長くなりそうなので、誰に読まれる事も期待しづらいけれど、それでも僕は吐き出しておこうと思う。良い舞台に触れると、人は寡黙でいられないから。




基本情報

「ハウ・アー・ユー?」は、次の2本立て。どちらも30分ほどの作品。

劇団 三角フラスコ による「はなして」
作・演出:生田恵 出演:瀧原弘子

劇団 ペピン結構設計 による「アマゾン」
作・演出:石神夏希 出演:下田寛典 角北龍 中澤大輔 吉田能 石神夏希

三角フラスコは仙台を拠点にする劇団で、3月の震災をもろに経験している。また折り込みの中には被災地の復興支援について書かれたものがあったりして、幕が上がる前から震災との関連を予想させる。
なお、幕が上がるというのは慣用表現であって、実際には幕なんて無い。最前列に座っていた僕の30cm前まで役者さんが来る位の、手近な空間。

どんな作品?

「はなして」

女性による一人芝居。話の筋は、あるような無いような。
女性は話す。語る。けれどどれも思い浮かぶままを言葉にしているような、論理性とか分かりやすさとかに頓着しない、そんな話し方ばかり。時に体全体で踊ってみたり、時に割れんばかりに叫んでみたり、とにかく何かを発している。
それがなんだったのかはっきりは分からなかったけれど、多分、喪失について話していた。

「talk, please」の「話して」でありつつ、「release, and then」の「離して」でもあったのかも。

悲しいとか寂しいとかいう言葉はなかった。納得いかないとも言っていなかった。でも僕には、「納得いかない!」と叫んでいるように見えた。
受け入れ難い喪失に直面して、でもそれは既に起こってしまったどうしようもない事で、その喪失の最中に見た美しい夜空にうっかり感動しちゃったりもしつつ、但しそれは地上の光が全部喪われたからこその夜空だったりするわけで、どうにもこうにも言いようが無い。

身の周りの日常や大事にしていたものをごっそり一度に失った後に、話してと求められたら、人は何を話せるだろう。
整理された、理路整然とした言葉なんてきっと嘘だ。黙り込むか、或いはこの作品のように散逸した情動を叩きつけたり弄んだりするかのように零すか、どちらかしかないんじゃないか。

「アマゾン」

密林やライダーではなく通販の方のアマゾン。

何らかの災害に遭って、二人きりで取り残された男女。自分達以外に生きている人間の姿も見えないし、食料にも不自由するし、月曜日なのにジャンプが読めないし、それ以前に今日が何曜日だか分からないし…。そんな状況に陥る。
欲しいものを挙げてはメモしてみるけれど、amazonに注文しようにもネット環境が無いのでただ書くだけ。
でも時が経つにつれ状況は変わっていく。パンが買えるようになり、ジャンプが読めるようになり、カレンダーがある生活に復帰する。それらは皆メモに挙げた欲しいものリストで、確かにそれらが手に入った。けれど、何か違う感じがする。無くしたから欲しいと願った時と違って、手に入れた今ではそんなに欲しくない感じがしてしまう。
そんな頃、どこか遠くの快適な部屋で/お気に入りのクッションに座って/おしゃれなMacBookAirで/快適な通販生活を楽しんでいる人もおりました。欲しいものはなんだって手に入るよ。
おしまい。

散々悩みながら上のように粗筋をまとめてみたけれど、上手く伝わらない気がする…。風刺が効いているとかいった説教臭さは全然なくて、けど皮肉ではあった。そんな話だった。

表現は、馬鹿馬鹿しかったりナンセンスだったりして、戯画的。つまりリアリティを追求する表現ではなかったから、クスクスと笑えるのだけど、ドキッとするような台詞が混ざっている。

災害から生き残った後の後日談として、「あなたは生き残った人間の責任として、何を伝えていきたいですか?」と聞かれて「えっ」と困るやりとりがある。
そんなの、災害みたいな特別なことがなくたって日常的に生き残っている僕ら全員にとって、「えっ」となってしまう、ドキリとする問いかけだ。

観ながら思った事

「はなして」は、怖かった。「お前は何も知らないようだから見せつけてやろう、これが私達の心象だ」と言われているような気がした(そんな意図は無い、多分)。リアリスティックを通り越してグロテスクに感じた。目は離せなかったけど逃げ出したかった。

「アマゾン」は、申し訳なくて居心地が悪かった。「お前がぬくぬく部屋でパソコンに向かっている間にこういう事が起きてるってお前は知ってただろう?何をしていた?」と責められているような気がした(そんな意図は勿論ないそうです)。カリカチュアライズというか石神ナイズな現実の切り取り方だよなーと思っていた。説明不能。

トーク

2作品の上演が終わったあと、両劇団の作・演出担当を含めた3人でトークイベントがあった。興味深い話は沢山あって、その中でも心に留まったのはこんなエピソードだった。

ぺピンのメンバーが、三角フラスコのメンバーに会うために仙台を訪れた。新幹線が動く前で、高速バスで。しかもまだ余震が強くて、運が悪ければ帰りの高速バスは走らないかも知れないとか、そんな頃。
で、顔を合わせたはいいものの、ぺピン側は何を話していいのか、何を聞いていいのか分からない部分があった。でも来た。怒られたらごめんなさいしようという覚悟(?)で来た。ところが、そんな心配を吹き飛ばすように、三角フラスコ側はどしどし話して聞かせたそうだ。
地震の日のこと。彼らの住む街のこと。日常のこと。
何か質問してあげたり優しい言葉をかけてあげたりではなくて、受身的に聞くだけになってしまって、でもそれでお互いOKだった。心配することも怒られることもなかった。
そんな事があったそうだ。

暫くトークがあった後で、いきなり「お客様の中で誰か何か…」という話になった。
僕は何を言っていいものかてんで分からず、司会の人から目を逸らした。ごめんなさい。そうは言っても観客20人くらいだったから逃げようもないんだけど。
最初に手を挙げたのは女性の方で、仙台に親戚がおられるのと、NPOに所属している由で、色々と現地で生々しい活動にも携わっているとの事だった。それを聞きながら、何もしてない僕はやっぱり頭の下がる思いだった。
きっと僕が一番何もしてないなと思ったので、それはそれで希少価値かも知れぬと手を挙げてみた。

「アマゾン」で通販を楽しんでいた人のように、僕からは地震が遠く感じられたし、何も積極的に動く事はしなかった。その事を責められているような気すらした。
でも、仙台に高速バスで会いに行った時のように、思いを受け止めるというだけでもいいんだという考えで、僕は今日の舞台で得たものを受け止めておこうと思う。
みたいな事をぼそぼそと喋った。

僕の後で発言した方は、やっぱり現地での作業に携わっておられて、なんだか偉い人のように思えたし実際に凄いんだけど、僕はいじける事はなかった。

舞台を観ると人と話したくなる。それはいつもの事だ。でもその機会を舞台が終わった直後に、作者や一緒に観た方々と共にしたのは初めての経験。これが凄くインパクトがあって、もしこれが無かったら鑑賞後の感想が全然違ったかも知れない。

帰路で思った事

ブログにどう書こうか、書けるだろうか、と考えていた。でも何かを書こうとは決めていた。きっと、「はなして」のようにバラバラに分散してしまったとしても、それはそれで無意味じゃないのだと確信していたからだろう。

いつも記事を書く時には結論を意識している。でもこの記事は違う。結論なんて無い。
これからは復興支援に心血を注ごうと決意、なんてしてない。現地の悲惨の状況を一人でも多くの人に伝えたい、とも特に思ってない。そもそも悲惨な現状を直接知らないし。
僕がやるとしたらコンビニのレジにある募金箱に10円いれる位だけど、それだって不特定多数に対して「募金しよう!」と呼びかける程でもない。

震災に関して、僕はオーディエンスであってプレイヤーではない。プレイヤーになろうとしたら、僕はきっと潰れてしまう。
今後も僕はオーディエンスであろうと思うし、同じ立場の人にオーディエンスとして見聞き思った事を伝える程度しか、僕にはできない。


リンクなど

劇場
SUBTERRANEAN

劇団
三角フラスコ
ペピン結構設計

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