しかし、そうした紹介はとりあえず後回しにして、どうしてもツッコみたい点が一つ。
このシリーズは本文が終わると参考文献リストがあるんですね。つまり参考文献が出てきたら『もうこの刊はこれまでよ、以下続刊』を意味します。そこまで読み進めた時、僕は思わず
お い ここで引くの !?
って声が出ちゃいましたよ、マジで。
以下、ミステリー部分に関するネタバレはありません。ヒントに近いものはどうしても出てきちゃいますけど。
宙ぶらりーん
いえね、冷静に考えれば別に良いんですよ?
せっかく大輔が勇気を出して、栞子さんにも誤解なく伝わるであろう形で告白をして。にも関わらず返答を頂かないまま三日間の放置を食らい、あまつさえそのまま次の巻に続く、このような形であっても。
だって本シリーズはあくまでミステリで、この刊の謎は一応一通り解決が示されています。そういう意味では全然宙ぶらりんじゃありません。
ただ大輔が哀れなだけで…。
『そろそろ関係を進展させよう』という大輔の気合が序盤から示されていたにも関わらず。
珍しく推理にも貢献したり、栞子さんを何度も守ったりと、これまでで一番大輔がんばってるにも関わらず。
この結末、ついつい溜息が出てしまいました。そういう点では展開が遅い…!
さて本題
ミステリ部分に関しては、冒頭に書いた通りひたすら乱歩尽くしでした。
このシリーズではいつも実在する本がミステリのフックに使われますが、この刊では全てが乱歩(『孤島の鬼』『少年探偵団』『押絵と旅する男』)ですし、それ以上に内容が、もう。
怪しい洋館あり、隠し書棚あり、暗号あり、おまけに少年探偵団(元)みたいな方々まで出てきちゃうし。
怪人と呼んじゃっていいのか悩ましいけど、果てしなく怪人ちっくな人も出てきますし。
あとは密室殺人と異常性癖が出てきたら完璧に乱歩のイメージが揃う感じでしたね。
あっ、異常性癖はあるか。
「拗音符です。『や』『ゆ』『よ』などの小さな文字を添えて書き表す音節があるでしょう?例えば『きゃ』とか『りゅ』とか……あれが拗音です」 例を出す時の唇の動きが可愛かったが、もちろん黙っていた。
P268より
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前々からそういう傾向はあったけど、この五浦大輔という男、栞子さんを褒める時の表現が時々すごくメニアックなんですよ…!
『りゅ』とか『みゅ』といった発生時の唇はいわゆる『アヒル口』みたいな形になりやすいので、その辺に萌えていると見ることもできますが…というかもうね、大輔クンはもう栞子さんなら何でも良いんだもんね。そういう域に達してるよね。
そんな訳で本刊『栞子さんと二つの顔』は乱歩回です。二つの顔と聞いた時点で感付いた人もいたのかも知れませんね。
江戸川乱歩という人間
本シリーズではいつも本が登場して、しかもその本の『内容以外』の部分が肝になっていたりします。栞子さんも決して本の『内容だけ』を愛している人ではありません。
そして丸々一冊乱歩に費やしているこの刊では、自然とその著者・江戸川乱歩(本名:平井太郎)という人間に焦点があたってゆきます。
自己評価が甚だ低かった、なんてのは割と有名な話のように思います。
恥ずかしながら乱歩が兄弟と古書店を営んでいた時期があるというのは全く初めて知りました。ほへー。
ところで僕が乱歩という人物から、むしろ平井太郎という名前から連想する、全く別の作品があります。
演劇集団キャラメルボックスの舞台『サンタクロースが歌ってくれた』です。
このお芝居は、乱歩としてデビューする前の平井太郎が、かの文豪・芥川龍之介と出会っていたらというイフ・ストーリーを軸にした、ハートフルだけどどっしり重い作品です。
設定からしてフィクション色は濃いのですが、若い頃の太郎の、中々芽が出ない焦りであったり、探偵小説というジャンルそのものが存在しない状況に対する怒り、周囲の才能に対する羨望や嫉妬(自己評価低かったから…)といった人間味がショッキングな形で描かれています。僕の中にある『乱歩の人物像』は概ねこの作品から形成されていて、つまり上川隆也さんの如くツッコミ体質の人間だったのではないかと…(絶対違う)。
ま、まぁビブリアも面白いけどキャラメルも面白いですよという、個人的ステマでした。
まだ電子書籍で読めない
また話が飛んで恐縮ですが。
ビブリアシリーズは、電子書籍媒体で売っていてもまだ手が出せない作品だと思っています。
理由は異体字。
日本語では、一つの漢字にも色々な字体が存在します。江戸川乱歩だって正字体では亂步と表記します(環境によってはちゃんと表示されないと思います、すみません)。
ビブリアシリーズでは旧字体が当たり前だった頃の作品を多く使いますし、それらの字を使って当然、むしろ使わないとおかしいというシチュエーションが数多く登場します。
例へば「火縄銃」「唇のない顔」「押繪と旅する男」
P297より
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これは『乱歩が書いた文章の引用』という場面(原文は『創作探偵小説選集』、昭和3年)ですから、『押絵と旅する男』という表記ではやっぱりおかしい。
で、少なくとも現時点では電子書籍端末がナチュラルに表示できる異体字はまだまだ限られているのだそうです。外字使用の規格とかばしっと決まるといいんですけどね。
参考)電子書籍で外字を使うということについて - 電書魂
ビブリアのような娯楽作品ならまだしも、近現代文学史を総括するような論文やらを書こうとした時に旧字体が使えないんじゃお話にならないので、この辺りの問題は遠からず前進するように信じています…信じていいよね?
さて、ひどいヒキをされてしまったことですし、また5巻の発売を楽しみに待つこととしましょうか。
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